大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7323号 判決 1981年4月28日
原告
森下善一
被告
福野忠治
ほか三名
主文
1 被告福野忠治、被告別役雅章は、各自、原告に対し、金三五〇〇万円、及びこれに対する、被告福野は昭和五三年一二月三〇日から、被告別役雅章は昭和五四年一月一六日から、それぞれ右支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告別役晴雄、同別役さかえに対する請求を、いずれも棄却する。
3 訴訟費用中、原告と被告福野及び被告別役雅章との間に生じた分は被告福野及び被告別役雅章の負担とし、原告と被告別役晴雄及び被告別役さかえとの間に生じた分は原告の負担とする。
4 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告代理人は、「(一)被告らは、原告に対し、各自、金三五〇〇万円及びこれに対する被告別役雅章については昭和五四年一月一六日から、その余の各被告については同五三年一二月三〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二 被告別役三名代理人は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。」との判決を求め、被告ら各代理人は、いずれも、本案について、「(一)原告の請求を棄却する。(二)訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二当事者の主張
(本案前の主張―被告別役三名)
原告は心神喪失の常況にあるから、訴訟能力を欠くものである。
(本案についての主張)
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五三年四月六日午前零時一〇分ころ
(二) 場所 大阪府守口市大久保町五丁目六〇番地付近のアスフアルト舗装の市道上
(三) 加害車 軽四輪貨物自動車(登録番号六六大阪え五〇二六号)
右運転者 訴外山下能治
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告が道路上で立話をしているところへ加害車が原告の背後から衝突し、原告を約三メートルほど引きずつた。
2 責任原因
(一) 被告福野忠治の責任
(1) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告福野は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。
(2) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告福野は、被告別役雅章(以下被告雅章という)が無免許であるにもかかわらず、同被告に加害車のエンジン・キイを預けていたため、本件事故当日、被告雅章が訴外山下能治と共に右エンジン・キイを用いて加害車をガレージより持ち出し、右山下が運転中に本件事故を惹起したものであるから、被告福野には加害車の保管方法(特にエンジン・キイの保管)につき注意を怠つた過失がある。
(二) 被告雅章の責任
被告雅章は、被告福野から加害車のエンジン・キイを預り、加害車保管の責任を負つていたものであるところ、訴外山下が無免許であることを知つていたのであるから、右山下に加害車の運転をさせてはならない注意義務があるのに、これを怠り、同人に加害車の運転をさせたため、同人の未熟運転、前方不注視の過失により本件事故が発生したものである。右被告雅章が加害車を訴外山下に運転させた行為は、右山下の無免許運転行為と相まつて本件事故発生の原因となつたものであるから、被告雅章は民法七〇九条、七一九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
(三) 被告別役晴雄、同別役さかえの責任
一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告別役晴雄(以下被告晴雄という。)、同別役さかえ(以下被告さかえという。)は、被告雅章の両親であり、被告雅章が右の如き交通事故を惹起することのないように監護すべき法律上の義務を負う者であるが、本件事故は被告晴雄、同さかえの監護義務懈怠の過失により発生したものである。よつて、被告晴雄、同さかえは民法七〇九条による損害賠償義務がある。
3 損害
(一) 入院治療費 金二七〇万円
原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、全身打撲・切創等の傷害を受けて入院し、治療費として金二七〇万円を支払つた。
(二) 逸失利益 金四八〇〇万九三六〇円
原告は、本件事故のため遷延性昏睡状態(いわゆる植物人間)となり、その労働能力の一〇割を喪失した。原告は、事故当時満二一歳で、一か月平均金一七万円の収入を得ていた。原告の就労可能年数は、本件事故時(昭和五三年四月六日)から四六年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別の新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金四八〇〇万九三六〇円となる。
算式 一七万×一二×二三・五三四=四八〇〇万九三六〇
(三) 慰藉料 金一〇〇〇万円
原告は、本件事故によりいわゆる植物人間となり、その苦痛は筆舌に尽し難い。右精神的苦痛を慰藉する金額としては金一〇〇〇万円が相当である。
(四) 損害の填補 金一六〇〇万円
原告は、自賠責保険から金一六〇〇万円の支払を受け、入院費に金一〇〇万円、後遺症慰藉料に金一〇〇〇万円、逸失利益に金五〇〇万円宛各充当した。
4 結論
よつて、原告は、被告らに対し、右損害額の合計金額から、受領した自賠責保険金一六〇〇万円を控除した金四四七〇万九三六〇円の内金三五〇〇万円及びこれに対するいずれも訴状送達の日の翌日である、被告別役雅章については昭和五四年一月一六日から、その余の被告らについては同五三年一二月三〇日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告福野
(一) 請求原因1項(一)ないし(四)記載の各事実は認めるが、(五)記載の事実は知らない。
(二) 同2項(一)(1)については、被告福野が加害車の所有者であることは認めるが、運行供用者責任については争う。被告福野は、同人が代表取締役をしている福見塗装株式会社の作業場兼ガレージに加害車を置きペンキ等塗装材料の倉庫として使用していたもので、同被告は、ペンキの出し入れ等の際には被告雅章に加害車のエンジン・キイを渡したことはあつたが、作業終了後は被告福野が同雅章から右キイの返還を受けて自宅の柱に掛けておいた。本件事故当日は、被告雅章が被告福野に無断で右キイを持ち出し、勝手に訴外山下と加害車を乗り出して本件事故を惹起したものである。したがつて、被告福野にはキイの保管、加害車の保管に過失はなく、また自賠法三条の運行供用者というには運行支配と運行利益の帰属が必要であるところ、被告雅章らの無断運転は被告福野の全く予想しなかつたところで、本件事故当時、加害車は被告福野の運行支配から離脱し、かつ、同被告には何らの運行利益の帰属がないから、同被告は運行供用者とはいえず、同被告には損害賠償責任はない。
同項2記載の事実中、被告雅章が無免許であることは認めるが、同被告が被告福野の従業員であることは否認する。被告雅章は前記のとおり被告福野が代表取締役である福見塗装株式会社の従業員である。また、被告福野が加害車のエンジン・キイを被告雅章に委ね運転させていたことを否認する。前記のとおり、被告福野の加害車の保管、キイの保管に過失はない。
(三) 同3項(一)ないし(四)記載の事実関係に関する主張部分は知らない。金額については争う。
2 被告雅章、同晴雄、同さかえ
(一) 請求原因1項(一)ないし(四)記載の各事実は認める。
同項(五)記載の事実は否認する。
(二) 同2項(二)、(三)については、いずれも争う。訴外山下能治が加害車を運転することを被告雅章が了承した行為と本件事故との間には因果関係がないし、被告晴雄、同さかえの監督責任については、右両被告には、監督義務違反はない。仮に、被告晴雄、同さかえに何らかの監督義務違反があつたとしても、本件事故との間に因果関係はない。
(三) 同3項中(一)記載の傷害の程度、(二)記載の原告が現在植物人間の状態にあることは認めるが、損害額については争う。
三 抗弁
被告雅章、同晴雄、同さかえ
(過失相殺)
本件事故の発生については、原告にも次のような過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。すなおち、訴外山下は、本件事故現場の手前三〇メートルの地点で、原告ほか三、四名が佇立しているのを発見し、警音器を奏鳴し、減速して進行したが、右のうち二名が取組合の状態で道路中央に出てきたので、ハンドルを左に転把したところ、原告が急に加害車の前方に出てきたため、避けきれずに衝突したものである。原告は、本件事故当時飲酒し、道路左側を歩行していた。
第三証拠〔略〕
理由
(本案前の主張に対する判断)
被告別役三名は、本案前の申立として、原告は心神喪失の常況にある疑いがあり、訴訟能力を欠くものであると主張するが、本件記録によると、原告は、昭和五四年一二月一五日禁治産宣告を受け、原告の父森下勘一が後見人に選任され、右後見人名義の訴訟委任状が提出されていることが明らかであるから、右被告別役三名の本案前の申立は、これを採用するに由ない。
(本案の主張に対する判断)
第一事故の発生と態様
一 請求原因1の(一)ないし(四)記載の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故の態様について検討する。
成立について争いがない甲第五号証ないし第九号証によると、次の事実が認められる。即ち、
1 本件事故現場は、南北に通ずるアスフアルト舗装された歩車道の区別のない幅員七・七メートルの平坦な二車線の道路である。道路の西側には住宅やガレージが、東側にはマンシヨンが、建ち並んでいる市街地である。道路上はスナツクの看板等の光でやや明るい状態で、本件事故当時、北行の車線上に駐車々両があつた以外には前方の見通しを妨げるものはなく、見通しは良好であつた。本件事故当時の天候は雨で路面は湿潤しており、通行量は、五分間で自動車六台が通過する程度であつた。
2 被告雅章は、本件事故発生の前日である昭和五三年四月五日午後一〇時ころ、守口市藤田町三丁目一五〇番地の訴外山下能治(以下山下という)の家に遊びに行つた際、加害車のエンジン・キイを同被告が保管していたところから、加害車を乗りまわそうということになり、同日午後一〇時三〇分ころ山下と共に自転車で同市藤田町一丁目一一〇番地の新築工事中の家に赴き、同所に駐車してあつた加害車を、同被告が運転してガレージから道路に出したところ、訴外山下が運転させてくれと言つたので、同被告は訴外山下が満一七歳で無免許であることは知つていたが、少しくらいなら良いだろうと考え、訴外山下に運転させることとした。訴外山下の運転操作は、発進の際エンストをするなど、上手ではなかつた。同被告は、加害車の助手席に同乗した。
3 被告雅章と訴外山下は、加害車に乗つて藤田町の商店街付近を徘徊した後、同町六丁目の中華料理店「寿来軒」に入り食事をし、ビールを二人で一本飲んだが、同被告はコツプ一杯に満たぬ程度で、その余は訴外山下が飲んだ。同月六日午前零時ころ、右飲食店を出た際、被告雅章は、訴外山下の顔が赤くなつており酒に酔つているようだつたので、同被告が運転しようかと山下に言つたところ、訴外山下が「大丈夫だ」と答えたので同人に運転させることとし、再び助手席に同乗した。
訴外山下の運転は、アクセルをふかしてみたり、クラツチの入れ方を間違えるなど、飲酒前と比較すると荒くなつていた。
4 加害車が、訴外山下の運転で右寿来軒を出て一〇分から一五分後、本件事故現場に至る道路上を、時速約三〇キロメートルの速度で南(東町方面)から北(寝屋川市方面)に向けて進行していたとき、被告雅章らは、本件事故現場から約三〇メートル手前の地点で自車前方に五、六人の人が道路中央付近に向いあつた格好で佇立しているのを認めた。右五、六人の人間が道路上にいることについては、加害車の前照灯や、道路脇のスナツクの看板の明りで良く見えた。
しかし、訴外山下は、そのまゝ時速約二〇ないし三〇キロメートルの速度で直進し、本件事故現場の手前約一五メートルの地点で警音器を鳴らし、幾分速度をゆるめたものの停止せずに、そのまま直進したため、加害車の右前部を原告に衝突させて前方にはねとばし、(このとき、加害車のフロントウインドウのガラスが割れた)、転倒した原告を加害車で轢き、転倒した地点から約五・九メートル北寄りにひきずつた。なお、右衝突時には、原告は、道路中央(ほぼ中央線上)に佇立していた。一方、加害車の右側面はやや中央線を越えて南行車線にはみ出した状態であつた。
5 原告は、勤め先の同僚である宮崎幸廣、永井敬思らと、本件事故現場に近いマンシヨン(三晃グリーンマンシヨン)の一階にあるスナツクチロリンで飲酒し、右同僚らと一緒に右道路を南(東町方面)に向けて歩行中、対向して北(寝屋川方面)方向に歩いてきた二人連れの男のうちの一人が、原告と同僚との間を割つて通ろうとした際、原告は右通行人の態度を不快に思い、同人に対し、舌打ちしたことから、原告と口論となり、原告は、右通行人の一人が北方に歩き出したのを追つて約二七、八メートル北に戻り、本件事故現場付近において、原告が道路中央に東に面して立ち、相手の通行人は、道路中央線の東側に西に面して原告と向い合い、口論をはじめた。そのとき、南から北へ加害車が進行してきて、原告を三・七メートル先にはねとばし、路上に転倒した原告を、加害車がさらに轢いた。
6 被告雅章や訴外山下は、人を轢いたと思つたが、事故や無免許運転の発覚をおそれてそのまま逃走し、加害車を前記工事現場の駐車場所に戻してから帰宅し(加害車を車庫に入れるのは同被告が行つた)、被告福野から、被告雅章が運転したのではないかと問い詰められても無関係であると弁明していた。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の認定事実によると、本件事故の主要な原因は、加害車を運転していた訴外山下が、自車前方約三〇メートルの道路中央付近に数名の通行人が佇立しているのを発見したのであるから、直ちに減速、除行し、進路前方の安全を図つて進行すべき注意義務があるのに、運転に不慣れなために右運転操作をとることなく、僅かに減速をするも、そのまま毎時二〇ないし三〇キロメートルの速度で直進し、原告と衝突する直前でもクラクシヨンを鳴らす操作をしただけで制動措置を迅速にとれなかつた過失により発生したものと推認するのが相当である。
なお、原告は、訴外山下に前方不注視の過失もあつた旨主張するけれども、前記認定事実によると、訴外山下は原告に衝突する手前で減速措置やクラクシヨン吹鳴措置をとつていること等から、むしろ前方不注視の事実が存したものとは推認しがたく、かえつて、車庫の出入は被告雅章が行つていることや、訴外山下の運転操作も上手でなく、エンストしたり、クラツチを入れちがえたりして、運転操作に未熟であつたため、原告らを発見しても、適切な衝突回避措置がとれなかつたものと解するのが相当である。
第二責任
一 被告福野の責任
1 被告福野が、加害車の所有者であることは、当事者間に争いがない。
2 同被告は、本件事故は被告雅章や訴外山下が被告福野に無断で加害車を持ち出し、乗りまわしている間に発生したもので、被告福野には連行支配及び運行利益がないと主張するので、この点につき検討する。
(一) 成立について争いのない甲第九号証によると、被告福野は、被告雅章が当時満一六歳(昭和三七年一月一四日生)で無免許であることは知つていたが、集金等に行くのに自動車が便利であるとの理由で、本件事故の前日である昭和五三年四月五日、同被告に加害車を無免許運転させたうえ、運転終了後も加害車のエンジン・キイの保管を同被告に委ねていたこと、同月八日にも、被告福野が工事現場に赴く際に、本件事故の修理が済んだばかりの加害車を被告雅章に再び無免許運転させていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 以上の認定事実によると、被告雅章は、被告福野の加害車を持ち出し、友人の訴外山下に運転させていたもので、右運行をもつて、直ちに被告福野のためになされたものということは出来ないけれども、被告福野は、自らの業務のため、運転免許を有しない被告雅章に本件事故の前日加害車を運転させたうえ、同被告に加害車のエンジン・キイの保管を委ねる等、被告雅章に対する注意と、加害車の保管についての注意義務を怠つた結果、同被告や訴外山下による前記運行がなされるに至つたものであるから、被告福野の責に帰すべき事由によつて、右加害車の無断使用が可能となり、その結果本件事故を惹起せしめたものというべく、被告福野は、自賠法三条により、原告の蒙つた後記損害を賠償する責任を免れないものと解するのが相当である。
二 被告雅章の責任
以上認定の事実によると、被告雅章は、被告福野から加害車のエンジン・キイを預り、加害車について保管の責任を負つていたものであるところ、訴外山下が無免許であることを知つていたのであるから、右山下に加害車の運転をさせてはならない注意義務があるのに、これを怠り、同人に加害車の運転をさせたため、山下の運転未熟(制動措置の遅れ)から本件事故が発生したものと認められる。
なお、運転免許を有せず、自動車の運転操作が未熟な者に自動車を運転させれば、交通事故発生の蓋然性が高いということは、一般に容易に予測されるところであるから、被告雅章の右運転制止義務違反の行為は本件事故発生の原因となつているものと解するのが相当である。被告雅章は、後記三1ないし3記載の事実を総合すると、本件事故当時満一六歳であつて、自己の行為の責任を弁識する能力を備えていたものというべく、したがつて、被告雅章は、その余の判断をするまでもなく、不法行為者として、民法七〇九条により、本件事故の結果、原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
三 被告晴雄、同さかえの責任
被告雅章が本件事故当時未成年者であるが責任能力を有していたものと認められることは前記のとおりである。
責任能力ある未成年者の監督義務者について、民法七一四条の適用がないことは疑いないが、監督上の不注意と損害の発生との間に因果関係があれば、右監督義務者も、一般の不法行為の原則に基いて損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
ところで、およそ監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係を認めるためには、監督義務者が相当の監督をすると加害行為の発生が防止され得たこと、その監督を現実になし得たこと、監督せずに放任しておけば、当該加害行為が発生するとの蓋然性が一般的にも強い場合であつたこと等の要件を充足することが必要である、と解するのが相当である。
右見地から、被告晴雄、同さかえの責任について考えるに、被告別役晴雄の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 被告雅章は、昭和三七年一月一四日生で、本件事故当時満一六歳の未成年者で、被告晴雄、同さかえは、被告雅章の父母で、同被告の親権者である。
2 被告雅章は、中学生のころ、シンナー吸入、暴行の非行により修徳学園に収容され、同学園卒業後約半年間親類の家で働き、大阪に戻つてからはアルバイトなどをし、昭和五三年一月頃から被告福野の下で塗装工として稼働するようになつた。しかし、シンナー等の非行で、本件事故当時、保護観察中であつた。被告福野の家と被告晴雄の家とは、約五〇〇メートル離れており、被告雅章は被告福野方に通勤していたが、被告福野の息子と友達であるためや、仕事の部合や、父を避けて同被告方に泊ることが多かつた。
3 被告晴雄は、タクシー会社に勤務しており、夜勤があるため夜間家にいない日があるため、日頃から妻に息子の行状が目にあまる場合は右会社に知らせるように言つており、妻から、連絡があつたこともある。被告雅章は、夜外出していることが度々あり、一か月に四、五回程度、被告晴雄、同さかえらが息子の行方を探すことがあつた。被告雅章は、父母から注意されると、「もうしません」と言うが、意志薄弱で非行を繰り返すため、被告晴雄も、どう監督して良いか途方にくれていた。なお、被告雅章は、暴走族に加わつて非行を繰り返したため、昭和五四年二月ころ加古川少年院に収容された。
4 被告晴雄、同さかえは、本件事故当時、加害車のエンジン・キイを被告雅章が預つていたことや、被告福野が被告雅章に無免許運転をさせていたことについては全く知らされておらず、本件事故後初めて知つた。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、被告晴雄、同さかえの被告雅章に対する監護態度については、同被告が保護監察中であること、これまでも非行歴があること等を考慮すると、やや放任の傾向にあり、特に仕事が終つた後の生活指導に欠けたところがあることは否めないが、しかし、父母として、息子である被告雅章の更生を願い、夜同被告が不在であれば、その行方を探し、あるいは訓戒する等非行防止に一応の努力をしていたことが窺われること、一方、被告雅章は、前記のとおり満一六歳で事理の弁識能力を十分有しており、これまで家庭裁判所等で訓戒を受けながら更生の意欲に乏しく、保護者の監督を受けること、特に父親と顔を合せるのを嫌つて父親が在宅しているときは家に寄りつかずに友達の家ですごす等父母が手をさしのべてもこれを嫌つて、親権者の指導監護に容易に服しない性向にあつたことが窺われ、また、これまでの非行がシンナー吸入、暴行であつて、無免許運転や窃盗等、本件事案と同種の非行による補導歴はなかつたこと、本件事故前には、被告晴雄、同さかえは、両名とも被告雅章の無免許運転や同装告が加害車のキイの保管をしていることを知らなかつたこと等が認められ、以上の諸般の事情を総合して考えると、責任能力のある未成年者の監督義務者である被告晴雄、同さかえに対して損害賠償責任を問うために必要な前記要件が充足したものとは認め難い。従つて、原告の被告晴雄、同さかえに対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三損害
一 治療の経過、後遺障害等
原本の存在及び成立について争いのない甲第三号証によると、原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫(右)、脳挫傷、全身打撲・切創の傷害を受け、昭和五三年四月六日に大阪赤十字病院脳神経外科に入院し、同病院において、緊急開頭術を実施し血腫を除去したが、術前も昏睡状態であつたところ、術後も遷延性昏睡が持続し、昭和五三年六月六日現在、遷延性昏睡、四肢麻痺、尿や大便を失禁する等の症状を呈し、常時付添看護を要する状態であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 治療費等
原告は、入院費として金二七〇万円支出した旨主張し、前記認定のとおり、原告が大阪赤十字病院で治療を受けたことは認められるが、原告が入院費として金二七〇万円の出捐をなした点については、本件全証拠を検討するも、これを認めるに足りる証拠はない。よつて、治療費として金二七〇万円を支出したとの原告の主張は採用するに由ない。
三 逸失利益
前掲甲第三号証、証人古庄英幸の証言及び同証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告(昭和三二年二月二八日生)は、原告の父親の経営する鉄筋請負業の手伝いをしていたが、昭和五三年二月五日から、古庄英幸に雇用され、同人の下で交通信号機の設置作業に従事するようになり、本件事故当時の原告の月収は金一七万円であつたことが認められる。
前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によると、原告は、前記後遺障害のため、昭和五三年四月六日から終身、その労働能力を一〇割喪失したものと認められるところ、原告の就労可能年数は昭和五三年四月六日から四六年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別の新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金四八〇〇万八八四四円となる(円未満切捨)。
(算式) 一七万(円)×一二×二三・五三三七四七五四=四八〇〇万八八四四(円)
四 慰藉料
前示の本件事故の態様、原告の傷害の程度、治療経過、後遺障害の内容等諸般の事情を総合して考えると、原告の蒙つた苦痛の慰藉料としては金一〇〇〇万円が相当である。
五 過失相殺
前記認定の事実によると、本件事故の発生については原告にも、深夜小雨の降る中、通行人と口論したためとはいえ道路中央部分に佇立したままで、加害車の接近に際しても(加害車は前照灯をつけていた)道路端に避ける等の避譲措置をとらなかつた過失が認められるから、過失相殺として原告の蒙つた損害の一割を減ずるのを相当と認める。
したがつて、原告の蒙つた損害額は、以上認定額を合計すると金五二二〇万七九五九円となる。
六 損害の填補
本件事故に関し、原告に対して、自賠責保険金合計金一六〇〇万円が支払われていることは、原告の自認するところである。
よつて、原告の前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は金三六二〇万七九五九円となる。
第四結論
よつて、原告の本訴請求は、被告福野、同別役雅章に対し、各自、右金三六二〇万七九五九円の内金である金三五〇〇万円、及びこれに対する本件不法行為の日の後であつて、本件訴状送達の日の翌日(すなわち、本件記録によれば、被告福野については昭和五三年一二月三〇日、同別役雅章については昭和五四年一月一六日であることが明らかである。)から、右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、被告別役晴雄、同別役さかえに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 弓削孟 海老根遼太郎 太田善康)